【異星人との謀略】モントークプロジェクトの真相

【プロジェクト体験者からの緊急提言】スチュワート・スワードロウ氏

スチュワート・スワードロウ氏は、モントークプロジェクトに検体として13年関わった経験を持つ。大叔父は、全ロシア中央執行委員会議長を務めたヤーコフ・スヴェルドロフ氏。遠縁の従兄弟はKGB設立に尽力した人物だという。旧共産圏の政治史に深く関わった一族に出身であること、本人のIQが極めて高かったことがモントークプロジェクトにリクルートされた理由である。
(スワードロウ氏のメッセージ)「私が強調したいのはただ一つ。日本の人々に、ポジティブであり続けることを絶対に忘れないでほしい。」


被験者が語るモントーク・プロジェクト

 モントークプロジェクトとは、1943年に実施されたアメリカ軍のレーダー不可視化実験(フィラデルフィア実験)の際に、偶然発見されたといわれるテレポーテーション現象を極秘に研究したもので、その結果タイムワープやリモートビューイング(遠隔透視)などさまざまな現象が実用化された、というものである。
 しかしスワードロウ氏によるとそれは事実と異なるという。
「個人的経験からいえば、これまで伝えられているモントーク・プロジェクトの内容は煙幕にすぎない。私の体験とはまったく違う。」
スワードロウ氏の言葉を借りると、プロジェクトの本質は「エイリアンテクノロジーのリデザイン」だという。
「私たちがモントーク・プロジェクトで学んだのは、ある一時点以降からの時系列を変えることができるという事実だ。キーワードは代替現実だ。
モントーク・プロジェクトは、冷戦構造の副産物にほかならない。当時、英米とソ連は表面的には反目しあっていた。第二次世界大戦中、あちこちの強制収容所で行われていた実験結果をベースにして、最終形として1970年から1983年まで継続されたのが、モントーク・プロジェクトだった。
カバー領域は広く、マインドコントロールから性的魔術儀式といったオカルト的要素が強いもの、天候変換技術、兵器実験、そして時間及び次元間移動、さらには遺伝子操作についても研究されていた。19838月に突然終了したが、これは表向きの話だ。」スワードロウ氏によれば、アメリカ政府がモントーク・プロジェクトのための地下施設を開設したのは1970年のことである。正確にいえば、「開設」という表現には語弊がある。ロングアイランドのモントークポイントにあるこの施設は、そもそも1700年代の終わりにワシントン大統領が、イギリスによる攻撃の可能性を感じて弾薬や食料を保管し、有事に迅速な行動を取れるよう準備態勢を整えたものである。
モントーク・プロジェクトの概念についてスワードロウ氏の話を続ける。
「もちろん私がいうことをすべて信じるという人はいないだろう。オレゴン州でセミナーをした時にも、ペンタゴンとモントークポイントを定期的に行ったり来たりして書類を届けていたという初老の男性に会ったことがある。
だから私も知らない関連文書が政府機関によって保管されていることは間違いない。」
 「私は、実体験として13年にわたってモントークプロジェクトに関わった。この間、大多数のの人々にとって空想にすぎないことが私にとってのリアリティだったのだ。
 しかも当時の関係者から聞いた話はすべて実現している。世界政府樹立も世界軍も、そして世界宗教も実現を間近に控えた周到な計画なのだ。」

秘密裏に行われた非人道的な実験

 スワードロウ氏の13年にわたる体験の中で見たものとは何なのか?詳しく語られる。
「私は数多く存在する検体の一人にすぎなかったので、プロジェクト全体にどのくらいの数の人間が関わっていたのかはわからない。
 施設内には、軍服を着た人もいれば、民間人も白衣を着た研究者風の人もいた。私のような検体に関していえば、20万~30万人くらいはいたと思う。ただ大多数は生き残れなかった。生存率は1%もなかったはずだ。電磁波やマイクロ波の照射実験が繰り返され、検体としてプロジェクトに貢献するというよりも拷問を受けているといった方が事実に近いからだ。」
  第二次世界大戦中に強制収容所で行われていた実験結果をベースにしたというモントークプロジェクトの基本的性格は、こうした非人道性にはっきり出ている。
「生き残る人間の数がきわめて限られるのは当然だった。検体となるのは、福祉施設から連れてこられた子供が圧倒的に多かった。いなくなってもわからない、あるいは誰も悲しまない、そういう子供たちが選ばれて連れてこられていた。」
「実験の精度があがってくると、一般家庭の子供たちが参加するようになった。それでも全く健康なまま帰れる子供はごくわずかであった。特別な施設での生活を余儀なくされる例も多かったはずだ。関係者から直接聞いた話では、ネバダ州リノの近郊に検体を集めて住まわせておく施設があったそうだ。
 もちろん元検体をそのまま表に出すわけにはいかない。実験後どのくらいまで生きているか、長期的にどのような変化があるか、何をどのくらいまで覚えているか、といったことをモニターする必要もあったのだろう。
 ただし、アメリカ政府の主流派に属する人たちは、モントーク・プロジェクトについて何も知らなかったはずだ。それに政府がこの種のプロジェクトの存在を認めるわけがない。」
 そして話はいよいよ「ステージド・インヴェイジョン」につながっていく。
「モントーク・プロジェクトの基盤部分は、マインドコントロールの研究だ。世界中の人々をひとつにまとめ、一つの方向に導いていくテクニックを開発するためのものだった。電磁波を使った装置も開発されていたが、これはエイリアン・テクノロジーが移植されたものだった。これらは時間旅行、電磁波兵器、遺伝子操作など広い範囲を総合的に研究するためのプロジェクトで、1983年に終結した時には、実に多くのジャンルをカバーしていた。」
 要するにモントーク・プロジェクトの本質とは、エイリアン・テクノロジーをさまざまな技術開発に昇華させ、世界政府樹立に役立てることであり、スワードロウ氏をはじめとする数多くの検体はそのためのファインチューニングを行う「実験体」だったのだ。

1986年にモントーク・プロジェクトの実験の最中に、送信機から獰猛な「怪物」が出現するというとんでもない出来事が発生した。これが実験崩壊のきっかけになったともいわれている。

完成していたテレポーテーション技術

「リモートビューイング・テクノロジーに関する話そのものが、カバーストーリーにすぎない。実際は、はるかに進んでいる。」
 リモートビューイングというのは、ビューワーに特定地点の座標を知らせ、それに意識を集中させることでさまざまな情報を得るという一種の超能力だ。スワードロウ氏によれば、1970年代初頭から半ばにかけて、この側面においてもエイリアン・テクノロジーが既に移植されていたという。
「時間でも空間でも、任意の1点からは独自の振動が発せられている。物質世界には、全く同じ二つのものは存在し得ない。外見や質感がきわめて似ていても、発せられる振動は全く違う。」
 「特定地点や時点の振動を特定できれば、そこに行くことができる。後の問題はマッピングの技術だけだ。実際のターゲットとは違う場所に意図的に送り込まれた被験者もいた。イラクや宇宙、海の中、高空に送られた被験者もいて、もちろん命を落とす場合もあった。この種の実験はかなり長い間行われていた。」
 スワードロウ氏は、これを「ハイパースペース・テクニック」と呼ぶ。モントーク・プロジェクトで確立されたハイパースペース・テクニックが、後発のリモートビューイング・プロジェクトに継承され、核心部分として隠されることになったというのである。
「リモート・ビューイングは、いわゆる超能力ではないのだ。DNAのポテンシャルを97%まで活性化し、脳を90%まで働かせれば誰にでもできる。」
「フィラデルフィア実験を通じて、開発が続いていたテレポーテーション技術も既に実用化されている。
 座標の振動の数値が正確にわかれば、どこにでも行くことができる。空間に関しても時間に関しても、全く同じ波動を発する点は存在しない。こうした知識が時間旅行や深宇宙旅行を可能にする。もちろん次元間移動にも転用できる。」
 フィラデルフィア実験から始まったテレポーテーション技術は、やはりモントーク・プロジェクトで完成していたのだ。

(引用抜粋文献:『月刊ムー』201510月号No.419より)

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