ロズウェル事件をめぐる疑惑 ~超大国アメリカの新たな兵器開発への挑戦!?~

事件の経緯

1947年(昭和22年)71

アメリカ、ニューメキシコ州ロズウェル、アルバカーキ、ホワイトサンズの各基地のレーダーが、上空を飛来する正体不明の物体を捕捉する。物体は考えられない速度で飛行する。(米軍の最初の認識、陸軍か?)

194774日深夜

正体不明の物体が突然レーダーから消滅する。(米軍部は「墜落」を想定できた?)
ほぼ同時刻にロズウェル北西約120㎞にある牧場の管理人マック・ブラゼルが、異様な爆発音を耳にする。
午後9:00すぎに複数のロズウェル郊外の住民が落雷の中奇妙な爆音を聞く。爆音の方向に飛行機のようなものが、コロナの方へ墜落していくのをみた。

194775日朝

同じ牧場管理人ブラゼルが牧草地に散乱する奇妙な金属片、プラスティックの棒状のものを発見する。(「墜落」の痕跡の所見)
「牧草地には空飛ぶ円盤のほか、小さな人間のような謎の生物が死んでいた。」(地元ラジオ局のインタビューによるブラゼル談)

(日時不明)爆音を聞いた者、住民から通報を受けた消防隊、警察、軍などが「墜落現場」に向かう。現場は牧場で1㎞にわたり金属片が散らばっていた。(デブリフィールド・残骸散乱現場)

194776
ロズウェルの保安官に通報される。

194777
正体不明の物体の「墜落現場」は米陸軍航空隊と憲兵により厳重に管理され、散乱していた残骸はすべて回収される。
通報を受けたロズウェル陸軍航空基地のジェシー・マーセル少佐率いる部隊が、「墜落現場」から、散乱する「落下物」を回収し、基地へ持ち帰る。

(「ロズウェル・デイリー・レコード紙」194778日付)

「ロズウェル陸軍航空基地駐屯の第8空軍509爆撃隊は、墜落した空飛ぶ円盤を回収した。点検後、それらは他の基地に移送された。」
「噂されていたフライング・ディスクの存在が現実になった。」
(ロズウェル基地報道官ウォルター・ハウト陸軍中尉による公式発表)

194779

8空軍司令官が、報道官ハウト中尉とは全く反対の公式発表を行う。
「墜落したのは空飛ぶ円盤ではなく、気象用の観測気球だった。」
「回収した残骸は、レーダー標的を取り付けたレーウィン気象観測用気球の誤認だった。」

ロズウェルUFO事件~50年目


再認識される事件の真相

1978年核物理学者でUFO研究家のスタントン・T・フリードマンが、墜落物体の残骸回収の指揮を執ったジェシー・マーセル少佐に事件についてインタビューを行う。
「軍がUFOを回収した事実を隠蔽したと確信している。」
「(機体の残骸について)軍が隠蔽していると信じている。」
「残骸が地球上では見たこともないような物質だった。」
明らかな捏造証言?もあるが、ロズウェル事件について様々な人々、角度から再調査が行われるようになる。

1980年『ロズウェル事件』ウィリアム・ムーア、チャールズ・バーリッツ共著の中で、発見、回収されていたものは、墜落UFOだけではなく異星人らしき乗員の遺体もあったと主張される。

1988年民間のUFO研究団体により、複数の事件の目撃者が探し出され、やはりアメリカ政府はUFO乗員の遺体を回収していた、と主張される。

1997年アメリカ空軍がロズウェル事件の調査結果を1000項超のレポートで発表する。
「回収したのは気球による調査プロジェクトの残骸である。」と結論づけられる。

1997年『ペンタゴンの陰謀』(元アメリカ陸軍情報将校フィリップ・J・コーソ著、二見書房)によると、1947年に偶然フォートライリー陸軍基地で、ニューメキシコ州から運ばれてきた棺におさまる移送中の宇宙人の遺体を見たという。
 遺体は身長120㎝くらい、手の平は4本の指で親指がなく、足が細く、電球型の頭部、肌の色は灰色だった。目は大きなアーモンド形で鼻は鼻腔しかなかったという。

UFOロズウェル事件の証言①~UFO科学大学院から紹介します

UFOロズウェル事件の証言②


ロズウェル事件のUFOは高密度のレーダー波によって撃墜した!?
 初代アメリカ国防長官ジェームズ・ビンセント・フォレスタル氏は、強力な防衛体制の構築を通じて、第二次大戦後のアメリカのプレゼンスを確立することを目的としていた。
 第二次大戦後にアメリカの安全保障上の脅威となる可能性を含めてUFOが問題視されてきた。地球外から飛来する物体への対策として、ニューメキシコ州アラモゴード爆撃・砲術訓練場に新たにレーダー装置を設置した。原爆開発の過程でトリニティ実験が行われたこの施設は、後に拡張され、ホワイトサンズミサイル実験場となる。さらにここから東へ110マイルほど進んだロズウェルには、アメリカ唯一の原爆保有部隊である第509作戦軍が駐屯する基地があった。
 「ロズウェル陸軍航空基地は、核兵器の貯蔵場所として機能すると同時に、核兵器搭載の爆撃機が世界中どこにでも出撃できる態勢が整えられていた。強力なレーダー装置が設置された理由は、軍および研究施設を守るためであった。」(『アズテックUFO事件』著者スコット・ラムジー氏)
1947年夏のの時点で、ロズウェルから北東に480㎞離れたエル・バド・レイクという湖にレーダー基地が存在していた。
 フォレスタル国防長官の計画は、地球外から飛来している可能性が高い正体不明の物体を、強力なレーダー網に誘い込むことだったようである。この種の研究プログラムは原子力エネルギー委員会の協力もあり、早ければ1946年時点で始動していたはずである。
 低空を低速度で飛んでいる物体に対して高密度のレーダー波を照射すれば、内部が電子レンジのような状態になる。温度は摂氏400度以上になりすべてが焼き尽くされるだろう。軍部にはこうしたメカニズムを理解できない士官も存在したが、この時代に既にレーダー波を兵器として使用するノウハウが確立されつつあったのも事実なのだ。

銀色の飛行物体が2つ、エル・バド・レイクレーダー基地上空に現れた。テネスコープ=磁力線可視化装置によって飛行物体が検知され、速度と飛行方向がレーダー照射装置のオペレーターに報告された。
 物体の飛行経路を割り出し、先回りする形で強力なレーダー波を照射すると物体はすぐに制御不能の状態になったという。
 一つの物体は、ホワイトサンズの東に位置する標高1800mのカピタン山脈の北側の尾根に激突してバウンドした後、ロズウェルの北48㎞にあるコロナ周辺に墜落したといわれる。
 もう一つの飛行物体は、ソコロの西に広がるサンアウグスティン平原に墜落したとされる。
 長年ロズウェル事件の検証を続けるスタントン・フリードマン氏は、「2機のUFOが空中で衝突して墜落したという可能性について、(中略)地上の装置から照射されたレーダー波によって、推進装置或いは誘導措置に何らかの不具合が生じたかもしれないと考えたからだ。ロケット発射実験が頻繁に行われていたホワイトサンズからレーダー波が照射されていたことは間違いない事実である。」

アズテックのUFO墜落事件は、この8ケ月後におきている。極めて限られた地域で1年以内に2件のUFO墜落事件がおきたことになる。(引用出典:『月刊ムー』12月号№457

ロズウェル事件がもたらしたもの
核物理学者、UFO研究家スタントン・T・フリードマン

「独自の」調査結果により、ロズウェルに墜落したUFOは、19476月にレティクル座ゼータ星から飛来した巨大な星間「母船」偵察機が、雷や嵐のせいで墜落したものと主張する。

元米陸軍情報将校フィリップ・J・コーソ氏による証言(上掲著書)
 アメリカ国防総省は、ロズウェルで回収したUFOや宇宙人を研究し、成果を出所不明のまま軍産複合体や民間企業に利用させ実用化してきた。
 応用され開発された」ものとしては、F117Aステルス戦闘機、ケプラー防弾チョッキ、目標に届くまでみえず、物体にあたった時に光るレーザー光線、光ファイバー回線などがある。
 UFOがもたらした革新的な技術によりアメリカ軍は圧倒的に強力になった。軍事力が拮抗し、冷戦状態だったソビエト連邦との均衡状態が崩れ、アメリカが冷戦に勝利、冷戦状態が終結したという。またアメリカは、宇宙人とのコンタクトに備えるためにMJ-12(マジェステックトゥエルブ)という機関もロズウェル事件を契機に設立されたといわれる。

まとめ

客観的にみてもニューメキシコ州ロズウェルに墜落した物体が気象観測用気球と人形であったとしても、飛行物体と人型物体が回収されたことはアメリカ空軍が公式に認めているわけだから、墜落物体と人型物体が回収されたことは事実であろう。
 ただこれは当時のアメリカ陸軍第8空軍のミスではないかと思われるが、最初の報道官の公式発表で「空飛ぶ円盤」「フライングディスク」と発表してしまったことが、その後の混乱を招くことのきっかけではないだろうか?
 なぜなら最初に飛行物体を捕捉したのが、軍の基地レーダーだったからである。「考えられない速度」で飛行している物体を捕捉したわけだから、既にこの時点で「気象観測用気球」という当時の米陸軍の発表は、苦しい説明になる。気象観測用の気球ならレーダー画面上でも「考えられる速度」で映るはずだからである。
 つまり当時の米陸軍が組織的に墜落事件を隠蔽しようとしたと思われても不思議なことではないだろう。
 また必ずUFO回収と並んで語られる異星人の遺体回収についての話が、墜落当時の状況では認識されていなかったことがわかり意外だった。
 金属片や棒状のプラスティック片の回収ならば、気象観測用気球の墜落でもあながち矛盾はないように思える。ところが参照した文献には記述はなかったが、ある報道番組では米陸軍第8空軍司令による観測気球説明のあった時に、同時に気球にのせてあったマネキン人形も回収されたとされていた。焼けてしまえばわからないかもしれないが、身長や体格などから考えてもマネキン人形と得体のしれない異星人の遺体の見分けがつくのではないだろうか?当初は機体の残骸回収の記事、報道であるから、或いは異星人の遺体回収は、後で尾ひれのついたオプションストーリーであるとも考えられる。
 ともかく当時の飛行機からは「考えられない速度」で飛行する物体を軍基地のレーダーで捕捉し、レーダーから痕跡が消滅した地点、住民や牧場主からもたらされた情報に当時のアメリカ陸軍部隊が敏感に反応し、事実確認と墜落機体、残骸破片の回収が行われたことは紛れもない事実であると考えられる。そして当時の世界情勢から、またアメリカ軍の「未知で自国以上に優れたテクノロジー」にふれたときにどういう反応をしてくるのか、について似通った事例をご紹介し、ロズウェル墜落事件が軍事的な意味合いの強い事件であることを指摘する。

UFOロズウェル事件の証言③

UFOロズウェル事件の証言⑤

 「超大国」アメリカ政府や軍部が、自国と軍事的に肩を並べるほどの大国が現れて、将来的な脅威になると確信できるときに、どう政治的、軍事的に「差別化」を謀り、優位性をだそうとするのか、という視点に、アメリカという国にまつわるUFO問題、疑惑を考えていく鍵があるように思います。
 UFOの存在は、第二次大戦中から「フーファイター」として連合国、枢軸国両方で認知されていました。墜落したUFOを回収して、精査、自国技術で開発したという情報は、ナチスドイツにもあります。そのナチスドイツの技術を手に入れたソビエト連邦もまたUFOの技術に注目していた可能性は十分考えられますし、ソビエト領内にもUFO墜落事件と機体回収の情報はありました。

 1946年にソビエト連邦は核実験に成功して、核戦略の上でもアメリカの優位性は崩れています。最強日本軍との太平洋での血みどろの死闘を経て、昭和天皇のおかげでなんとか戦争に「勝利」したアメリカが、国防圏を隣接することになったソビエト連邦に対して、軍事的なコンプレックスがないとは絶対いえません。
 そんな中で文字通り天から降ってきたような「人類の未知の飛行物体」。その構造、性能、メカニズムに無関心でいられるはずもないでしょう。

 エイリアンの遺体回収については、後付けの話だったにしても「未知の飛行物体」墜落にアメリカ軍が強くこだわり、回収した点については、あり得る事実であったととらえています。


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